距離感の話


距離感は大事だ。

人間には、関係によって適した距離感がある。
その距離感によって人は心地よくもなれば、嫌悪感を抱くこともある。

近すぎると「何この人馴れ馴れしい!」となるし、
遠すぎると「なんでこの人他人行儀なんだろう」となるということだ。

ひとたび距離感を間違えてしまうと、最悪の場合関係そのものにもヒビが入ることがある。
コミュニケーションにおいて「距離感力」はすごく大切なものだ。

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ぼくの場合

ぼくは比較的、この距離感をつかむというのが、苦手な人間だ。
仕事、と割り切れる場合はいい。最適な距離感が分かりやすい。
毎日会っている人もいい。家族や職場の人間に距離感もくそもない。

厄介なのはたまに会う人。
あまり仲良くなかった昔のアルバイト仲間や、
久しぶりに会う同級生、
正月にしか会わない親戚なんてゾッとする。

大体、こういう時、ぼくは混乱を悟られまいと自分から先手を打って声をかける。
そして大体、近くしすぎて失敗する。

「まぁ、久しぶりに会ったことだし、テンションが上がっているんだろう」
と思ってくれたらよいのだが、おそらく大抵は
「なんか絡みづらくなったな」と思われていると思う。

下手したら
「うわっ久しぶりに会ったから、こいつ距離感間違えてる」
と何から何までバレていることもあるかもしれない。

コミュニケーションで一番大切な初手を失敗し、
ぼくは初速を抑えきれず気まずいまま陽キャを演じ続ける。

「違うんだ!本当のぼくはもっと穏やかなんだ!」
「ほら!昔のぼくは『それヤバくね?』なんて言わなかっただろ!?」
「マジ卍ってどういう意味だよ!あんま知らないのに使うなよ!」

などと心の中はパニックになりながら

途中から「早く帰りたい。早く帰って猫と遊びたい」
と、心を閉ざすことでなんとかその場をしのぐことになる。

久しぶりの再会が台無しである。

逆の場合もつらい

自分が距離感を間違えてつらくなることもあれば、
相手がこちらの理想の距離感で来なくてつらくなることもある。

この場合もつらいのは、近すぎる場合だ。

「うわ!ちょ!マジで!めちゃ久しぶりじゃーん!!」
大体こう話しかけられた時点でぼくは心にかなりのダメージを負っている。

「あたしあたし!え、分かんない?」
表情見て察してくれ。

「あのさ覚えてない??3の2で同じクラスだったユキ!」
表情見て察してくれ。

「バスケ部の!髪ショートだった!」
いくらヒント出されても。クイズじゃないんだから。

「あの子結婚したらしいよ」
じゃあお前誰だよ!

大体女子は距離が近い。
偏見がすごいけど。

一瞬で「え、キスされる?」ってくらい距離詰めてくる。
なのに「え、キスする?」って思った時にはもう興味なくしてスマホ触ってる。

なんなんだ。
久しぶりに会ってテンション上がっていいのは戦地から帰ってきたときだけにしてほしい。

仕事での距離感はわかりやすい

その点仕事は楽だ。
上司にはこの距離感、社長にはこの距離感、同僚には、後輩には、ととても距離感がつかみやすい。
会う人もパターンが決まっているので定規を複数用意しておけば応用も効く。

ぼくは人前に立つ仕事をしているので、少し状況は違うが、その場合でも大丈夫だ。
先輩、同期、後輩、よく知らないけど偉い人。定規は比較的わかりやすい。
お客さんも大体はこちらを好んで話しかけてきてくれるので、あまり定規は必要ない。

たまに声かけてもらって笑顔で振り向いたら
「一緒に出てた○○さん呼んで来てください」
と言われて一瞬で距離を測りなおすときは、ある。

全然よゆーみたいな顔しながら、心の中では泣きながら定規を探している。
情けない話だ。

コンビニ店員の適切な距離感とは

さて本題。

仕事での距離感は比較的つかみやすい、とさっき言った。
接客業などその最たる例だろう。
お客と店員、という距離感はとても分かりやすいものだ。

ただし、ただ距離を取ればいいわけではない。
機械のような接客に体温はないし、
行き過ぎるとやる気がないと思われてしまう。

そして、逆もまた、然り。

ぼくの家のすぐそばには、コンビニがある 。
自炊が面倒で弁当を買ったり、漫画を買ったり、公共料金を支払ったりと、何かとよく利用している。

ある日、そのコンビニの夜勤におじさんが入るようになった。
見た感じ50代後半くらい、仮に名前を「花岡さん」としておく。

花岡さんは初対面から距離がすごく近かった。
お弁当を買おうとレジに持って行ったぼくに、
「これ美味しい?」

一瞬マジでナンパかと思った。

でも30代のおっさんに50代のおっさんがナンパすることなんてそうそうない。

「は、初めて買うんでわかんないっすね……ははは……」

内心パニックになりながらも「なんでぼくが気を遣っているんだ」と家で悩んだことを覚えている。
それから、花岡さんは毎日ぼくに話しかけてくるようになった。

「今日も遅いねー」
「お疲れさま」
「おやすみー」

まぁ、ため口なのは良い。全然良い。
ぼくの方が年下だし、それでイラっとするタイプでもない。

だけど、なんか、なんか違うのだ。
距離感が違うのだ。

「あんまりコンビニ弁当ばっかだとよくないよ」
「今日も遅かったね。早く寝ないと」
「乗ってたバイク、何CCなの?」

なんか違うのだ。
近いのだ。

花岡さん「今日も遅いね。仕事?」
ぼく「いや、今日は休みです」
花岡さん「何してたの?」

な、なんでそんなプライベートなことを!
言わないと!
いけないのだ!!

でも怒るわけにもいかないので

ぼく「友達と、ちょっと」

なんでウソをついてまで!
ぼくは!
なんで!!

そんなに嫌だったら違うコンビニに行けばいいじゃんと思うかもしれない。
でもぼくにとって、コンビニの距離というのはすごく大事で、近いというのはとても強い魅力なのだ。

まだ、まだ、ちょっと遠いコンビニに変えるほど嫌ではない……!
そう自分に言い聞かせていた。

ぼく「(公共料金の支払い)お願いします」
花岡さん「これですっきりするね。溜めこんでちゃダメだよ」

だから支払いしにきたんですーー!!
ぼく今もしかして軽く怒られた!?

そんなに嫌だったら店舗にクレームを入れればいいじゃんと思うかもしれない。
でもぼくは花岡さんに悪気がないのも分かるのだ。

これは彼なりの接客なのだ。

心を込めて、お客さんに気分よく買い物をしてもらおうとした結果なのだ。

その結果、新人マークつけながらの余裕のため口なんだ。

もしこれで、ぼくが上司にクレームをつけて、花岡さんが怒られたらどうしよう。
もしクビにでもなったらどうしよう。
クビにならないまでも、つらそうに接客する花岡さんの働くコンビニに行くのもつらい。

でも逆にぼくが指摘しないと他のお客も迷惑に感じているかもしれない。
で、でも感じ方は人それぞれだし……。

そもそも失礼だろというクレームはあっても、
距離近いというクレームはあるのだろうか。

ぼく「Amazonの受け取りしたいんですけど」
花岡さん「あーこの段ボールね。何買ったの?」

なんで!!
なんで!
ぼくがそれを言わなきゃ!!

我慢できない!
まだいける!
良い人なんだ!
でもつらいだろ!?

うん!つらい!

そんな自問自答を繰り返す、悶々とした日々を送っていた。

そんな中、コンビニが閉店した。
つぶれたわけではない。合併によりファミリーマートになるのでその改装工事に入ったのだ。

いつもあるコンビニの光がない。
少し遠いコンビニに足を延ばしながら、ふと、花岡さんは何をしているんだろう、と思った。

2週間くらいするとコンビニは装いも新たにファミリーマートとして生まれ変わった。

0時から新装開店ということで(深夜なんだね)
0時ぴったしにお店に行ってみた。

「「「いらっしゃいませーー!」」」

普段ならありえない数の店員の声がぼくを迎えてくれた。
当然だが制服も変わっている。
内装も変わっている。

店内にお客はぼく一人。
4人の店員の視線を感じながら、ぼくは弁当と、オススメされた福袋的なものを買って帰った。

お店に、花岡さんはいなかった。

もしかして、クビになったのか。
もしかして、経営が変わったからバイトも契約打ち切りなのか。
もしかして、もしかして……!

福袋に入っていた、普段なら絶対買わないキャラメルコーンを食べながら、
ぼくは花岡さんのことを嫌いではなかったんだ、と気づいた。

3日もするとセールも終わり、コンビニは平常運転となった。
しかし、夜勤に入っているのは知らない太ったお兄ちゃん。
花岡さんはどうしたんですか。と聞く気分にもなれず、
ぼくは買いたくもない弁当を買って帰った。

ぼくは確信した。

不器用な接客だったけど、距離感近すぎたけど、ぼくは花岡さんが好きだ。

しかし、もう、花岡さんはいない。
それからしばらくはコンビニにも行かなかった。

ある日、Amazonの店頭受け取りでコンビニに行く用ができた。
コンビニを無意識に半ば遠ざけていたぼくは、ズキッとした懐かしい胸の痛みに気づかない振りをし、コンビニへと向かった。

時間は深夜2時半。
自動ドアが開くと懐かしい声が飛び込んできた。
「いらっしゃーい」

「いらっしゃいませ」ではない。
若い店員が言う「っしゃっせー」でもない。

このため口は……!

顔を上げるとそこには真新しい制服に身を包んだ花岡さんの姿が。
同じようなため口。
同じような距離感。
そして胸には同じような新人のマークが輝いていた。

「ひ、ひさしぶりですね!」

思わず、ぼくから話しかけた。
ひと月ぶりの再会だった。

たまたまシフトが合わなかっただけだったようだ。
なんだそれ。

それ以来、花岡さんにイラ立つことはなくなった。
花岡さんは今も週5くらいでコンビニで働いている。

距離感をつかむのは難しい。
でも不器用な距離感も、いとおしい。

そんな風に、思うのだ。


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